西新井大師・亀戸天神観梅
2026年2月19日(木)、終日冬晴のもと、シニアメンバを中心とする12名の参加を得て、古来より江戸庶民から篤く信仰され、かつ梅の名所として知られる、西新井大師(足立区)と亀戸天神社(墨田区)の2寺社を訪ね、見頃を迎えた梅花を愛でる観梅ウォ-クを楽しんだ。
計画書
実施報告
◆梅薫る関東三大厄除大師 西新井大師(天台宗豊山派總持寺)参拝。
西新井大師の愛称で知られる總持寺の起源は、西暦826年、弘法大師空海の関東巡錫の折、悪疫流行に苦しむ村人を救わんと、十一面観音像と自身の大師像を彫り、涸れ井戸に安置して、21日間祈願したところ、井戸に清らかな清水が湧き、疫病がたちどころに平癒したという(西新井の地名起源伝承)。この地に、十一面観音像と弘法大師像を本尊とする總持寺(真言宗豊山派)が建立され、川崎大師とともに、関東の三大厄除大師「愛称:西新井大師」として、古来より近隣庶民の信仰を集める名刹になった。また、境内には、梅、桜、牡丹等が植えられ、関東の花の百ヶ寺一番札所にも選ばれている。今回参加のメンバ12名全員が、西新井大師まで、電車を乗り継いで2時間を要する神奈川県在住のこともあり、10名が、西新井大師初訪問であった。
東武大師線大師前駅に12名が集合し、西新井大師境内のあちこちに咲く梅の花を愛でながら、境内の名所旧跡をひと巡りした。弘法大師が奇跡を起こし、西新井の地名の起源となった「加持の井戸」、多くの仏像が安置してある三重塔「三匝堂」、四国八十八ヶ寺お砂踏み霊場、弘法大師銅像、十三重宝塔等々を見学してから、壮大な大本堂の内部に上がり、豪華絢爛な内陣の前に座って、厨子内に祀られた秘仏の本尊を拝み、阿弥陀三尊像や薬師観音像に手を合わせた。このお寺では、いつでも自由に本堂に上がって、厄除祈願し、本堂内を自由に見学可能で、大勢の僧侶によって毎日数回執り行われる護摩祈祷中以外は、堂内の写真撮影も自由だという。他の寺では滅多にない拝観料なしの参拝自由の寺。さすが弘法大師自らが奇跡を起こしたとされる地に1200年前に創建され、江戸庶民に愛されている名刹と感銘を受けた。
門前には、数100年前から、名物の草餅を売る茶屋が並んでいたそうだが、1689年創業の清水屋が現在でも名物の草餅(草団子)を店頭販売し、食事処としても営業中とのこと。ここで昼食を予定していたが、この日の食事処は生憎団体客の貸切で、一般客向け食事は提供できないとのこと。やむなく近くの和食処で昼食を摂った。
◆梅と藤の名所「亀戸天満宮」(1662創建の東国天満宮の宗社)に移動し、参拝と観梅を楽しむ。
東武西新井駅から曳舟駅で電車を乗換え、30分を要して東武亀戸駅に移動。次の目的地「亀戸天神社」は、この駅から東北方向約1kmに位置している。明治通りから蔵前橋通りの亀戸商店街を20分歩いて、天神社表参道から境内に入ると、参道沿いや池の周りを初め、境内全域植栽された250本以上の梅樹には色とりどりの花が咲き、かぐわしい梅香をただよわせていた。拝殿前には、多くの参拝客が列をなし、まず列に並んで、参拝を済ませた。
北西方向1km強に位置する高さ634mの東京スカイツリ-は、社務所前の広場からは社殿の屋根の上に、また、表参道に架かる赤い太鼓橋の上に立つと、大きく高く聳え立つスカイツリ-が一望できた。
ひとしきり境内を回り、形も色も多種多様の梅花を鑑賞した。その中で特に印象に残ったのは、密集したピンクの花を滝のように咲かせた「呉服枝垂れ」の名札がつけられたシダレ梅と、一つの枝に紅と白の花を同時に咲かせる「源平咲き」の梅花だろうか(紅花が突然変異で白花に変わるとされる)。また、境内の中央部には、大文字のアルファベットG 形をした池が広がり、鯉に交じって、甲羅干ししている沢山の亀を見かけた。また、この池を跨ぐようにして、大規模な藤棚が広がっていた。地元の観光パンフレットによれば、亀戸天神社の藤は、東京都区内随一規模の藤棚として有名で、初夏の開花時期には、大勢の観光客が押し寄せるそうだ。
30分余の梅花鑑賞を済ませ、門前の1805年創業のくず餅の老舗「船橋屋本店」に立ち寄り、多くのメンバが名物のくず餅を買い求めたようだ。帰路は、JR錦糸町駅まで40分歩き、ここで解散とした。本日の2ヵ所の寺社を巡る観梅ウォ-キングは、行動時間4時間40分、歩行数約13,000歩の実績をもって、無事終了することができた。














