奈良歴史旅Ⅱ
コロナウイルス感染拡大でやむなく中止した2020年春の奈良歴史旅計画、4年半ぶりに、シニアメンバ中心の14名のメンバの参加を得て、紅葉の最盛期に催行した。今回の奈良歴史旅Ⅱのメインテ-マは、藤原氏と源氏物語である。
計画書
実施報告

◆11/25 聖徳太子ゆかりの斑鳩の里四寺(法隆寺・中宮寺・法輪寺・法起寺)ウォ-キング
斑鳩の里には、世界遺産に選定されている、持統天皇と聖徳太子によって飛鳥時代607年に創建された現存する日本最古の寺院として有名な法隆寺と中宮寺、太子の命を受けて、その子「山背大兄皇子」によって建立された法輪寺と法起寺がある。これらの四寺を巡る、あるいは日本最古の法隆寺五重塔、法輪寺三重塔、日本最古の法起寺三重塔を巡る「三塔巡り」」としても人気のコ-スである。
今回、法隆寺を起点にこれら四寺を歩いて巡った。広大な法隆寺境内には、55棟の国宝・重文の建物と、飛鳥~奈良時代の国宝の仏像類が数多く収蔵されている。薬師如来を本尊とする西円堂からスタ-トし、次の西院伽藍では、日本最古の五重塔、大講堂の薬師三尊像、金堂内の釈迦三尊、薬師如来、阿弥陀如来像を、大宝蔵院に移り、阿弥陀三尊像、夢違観音、百済観音等、法隆寺を代表する国宝仏像を拝観。最後は夢殿を見学して、1時間の法隆寺参観を終了した。次の「中宮寺」では、有名な本尊の菩薩半跏像(如意輪観世音菩薩)を参拝した。
午後は、斑鳩の里ののどかな里山の風景を楽しみながら法輪寺と法起寺を巡った。次は、山背大兄皇子が父の聖徳太子の病気平癒を願って建立した法輪寺。シンボルの国宝三重塔は1944年に落雷で焼失し、現在の三重塔はその後再建されたものだという。焼失を免れた仏像は金堂に祀られ、普段は公開されていない。最後に訪れた法起寺は、606年に聖徳太子が法華経を講義した岡本宮を、太子が山背大兄皇子に命じて、法起寺に改めさせたものだという。当時から現存する三重塔は、日本最古の三重塔として国宝に指定されている。
斑鳩の里に点在する聖徳太子ゆかりの四寺巡りを無事終了後、奈良市に列車移動し、2連泊予約してあるJR奈良駅付近のホテルに落ち着いた。
◆11/26 藤原氏開祖鎌足を祀る談山神社、藤原氏の氏神「春日大社」、聖武天皇ゆかりの新薬師寺、日本最大の仏像展示施設「奈良国立博物館」」等を巡る。
JRまほろば線に乗車し、桜井駅から朝一番の路線バスに乗車し、多武峰山中の「談山神社」に向かった。談山神社は、645年、中大兄皇子(後の天智天皇)とともに大化の改新を成し遂げた藤原氏の開祖「中臣(藤原)鎌足を祀った神社で、晩秋になると境内の3000本のカエデやモミジが一斉に色づくことから、奈良県有数の紅葉の名所として知られている。また、談山神社のシンボル「十三重塔」は、世界で唯一無二の木造多重塔として有名である。境内で開催中の鎌足特別展も見学し、鎌足の人と生りを学んだ。鎌足と中大兄皇子が、天皇をないがしろにして、傍若無尽に振る舞う蘇我入鹿暗殺の謀議をした場所とされる神社裏の高み「談らい山」に登り、1400年前の日本史上の大事件に思いを馳せた。鎌足が逝去する間際に、天智天皇から正一位の官位とともに、藤原の姓を賜り、平安時代に権勢を誇った藤原氏の開祖となった。また鎌足の病気平癒を願って妃の鏡王女や息子の藤原不比等によって建立されたのが奈良興福寺で、藤原一族の氏寺となっている。
奈良市に戻り、藤原一族の氏神社「春日大社」に向かった。春日大社のいわれは、常陸国鹿島神宮の神様が、白鹿に乗ってやってきたのを春日山の頂に祀ったのが始まりで、それ以来、奈良では鹿を神の使いとして大切にするようになったという。768年藤原永手により、現在の地に春日大社を創建。32万坪の広大な境内に本殿のほか、61社の摂社や末社が点在する現在の姿になり、以来藤原一族の氏神社となったという。今回は、志納金を納め、内陣への特別参拝をした。中門前の至近から本殿を拝み、朱色の回廊の天井から下がる約3000個の釣灯篭には、戦国大名の名前が記されたものもあり、神聖な雰囲気の中、回廊を回って参拝を終えた。この後、新設なった国宝殿に展示中の国宝級の展示物の数々を見学した。
次に徒歩15分の位置にある聖武天皇ゆかりの新薬師寺本堂(国宝)に祀られている本尊薬師如来坐像(平安時代作・国宝)の周囲を守る、我国最大・最古の塑像十二神像(奈良時代作国宝)をじっくり観察した。
この後、奈良国立博物館なら仏像館に移動し、主として奈良県内の寺社跡から収集したり、保管を依頼された飛鳥時代~鎌倉時代作の国宝・重文級を含む、沢山の仏像が展示してあった。現在、吉野金剛峯寺仁王門(国宝)の補修工事中で、この間、仁王門を守る像高5mの1対の金剛仁王像(南北朝時代作・重文)が、本博物館での保存補修作業が終了し、仁王門補修工事終了まで、特別展示されている。日本一大きい東大寺南大門の像高5.5mの金剛力士像の次に大きい金剛力士像を間近じかで鑑賞できたのはラッキーだった。
最後に、ならまち界隈の築150年の商家を改装した食事処で、奈良の郷土色豊かな会席料理を楽しんだ。
◆11/27 宇治平等院・興聖寺・宇治上神社・源氏物語ミュ-ジアム・三室戸寺・伏見稲荷大社千本鳥居
最終日のこの日は、藤原氏のゆかりの地であり、源氏物語宇治十帖の舞台となった宇治の寺社を巡った。観光客で混雑が予想される宇治平等院の参拝を、まだ混みあわない午前中の早い時間帯で済ませるために、奈良市を8:00AM前に出発し、宇治平等院に急いだ。
開園直後の平等院に入園し、9:00AM受付開始の鳳凰堂内覧受付の列に並び、9:30AMから20分間隔で、1組50人づつ実施される鳳凰堂内覧の本日最初の内覧クル-に予約できた。2012~1014年に行われた平成の大修理が済んだ宇治平等院。屋根両端の鳳凰は金ぴかだったが、柱や軒天の朱色は、修理前より落ち着いた色になっていた。1950年の前回の修理では朱色が鮮やかに発色する顔料の鉛丹(酸化鉛)が使われたそうだが、平成大修理では、1052年に藤原道長の息子の藤原頼通によって建立された時に使われたと推定される落ち着いた発色の丹土(酸化第二鉄+黄土)の顔料を使用したためだという。鳳凰堂内部の彩色壁や空を飛ぶ天女像は、大規模な補修はなされたかったようだ。鳳凰堂の壁に舞う約50体の天女像のうち、取り外した27体が展示されている翠翔館ミュ-ジアムの明るい照明下で見る豊かな表情をした天女像を鑑賞し、平安貴族の極楽浄土へのあこがれの強さを実感した。
その後、宇治の紅葉の名所、興聖寺(曹洞宗の開祖道元が唐から帰国して、最初に開いた禅宗道場)参道「琴坂」の紅葉のトンネルを観に立ち寄ったが、まだ、青い葉が大半で、紅葉は期待外れであった。このあと、源氏物語宇治十帖に登場する「宇治上神社」を参拝した。大鳥居を潜った参道は、真紅に染まった紅葉が見事だった。また、日本最古の国宝指定の拝殿(平安後期再建)と本殿(鎌倉期再建)をしばし鑑賞した。
さわらびの道を進むと、ほどなく真っ赤に彩られた紅葉に囲まれた中に「源氏物語ミュ-ジアム」があった。館内の展示物や源氏物語の解説ビデオ等を見たが、源氏物語の多彩な登場人物や複雑・難解なスト-り-の理解が大幅に進むほどの知識は得られなかった。
「かげろうの道」の緩やかな上り坂と最後の石段を25分ほど登ると、花の寺&西国三十三ケ寺観音霊場10番札所の三室戸寺に到着する。高台で展望がよく、見事に色づいたモミジ園内を散策したが、見所の枯山水や石庭の日本庭園は工事中で見学できず、ご本尊の千手観音にもお目にかかれず、1000円の拝観料を納めたのに・・・大いに不満が残った。
京都駅から新幹線に乗って帰宅する前に、稲荷駅で途中下車し、伏見稲荷大社を参拝した後、千本鳥居を潜り、ご神域の稲荷山お山巡りをして、独特の霊感を感じ取ろうと思った。しかし、多くの参拝客で溢れかえり、稲荷山登山道は、大渋滞で、霊感を感じ取れる雰囲気には程遠い状態だった。やむなく、お山巡りはあきらめ、途中の三の辻から下山した。
今回の晩秋の奈良歴史旅Ⅱは、14名の参加メンバ全員そろって、3日間の総計行動時間;約27時間、総歩行数72,000歩を全員元気の歩きとおし、充実した晩秋の奈良および宇治の旅を楽しむことができた。














